AX ZONE0467

2012年05月21日

部屋の窓より金環日食を見る

いちおう、観測用の遮光グラスを購入して備えてはいたが、起きたら鎌倉は雨降り。
しかも肌寒くて、とても浜に行って見る気力はなく。
私の部屋の窓から、雲の様子をじっと見つめていた。


分厚そうに見える雲の後ろに、明らかに太陽がいる気配があって、
実は私の部屋がいちばん観測に適した場所なのであったと知る。

曇りのおかげで、空に浮かんだ大きな指輪は、苦労なく肉眼で見ることが出来た。
最初はカメラに遮光レンズをつけての撮影かと難儀していたが、
要は露出を最低にしてシャッターを切れば、苦もなく撮れたってわけです。

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太陽の光が強くなるとあたたかさを感じ、雲が厚くなるととたんに寒くなる。
いかに太陽のおかげで生かされてるかを実感する。


それにしても、空にぽっかり輪っか。
昔の人は、そりゃあ、さぞ驚いたことだろう。
科学的に、これがなんなのかがわかりきった今でさえ、この光景は異様だし、
吉兆という感じは、少なくとも私は受けなかった。

開け放った窓の外に、長谷寺の8時の鐘が鳴り響いて、
それはなんというか、この世の終わり感の演出かと思うほど。

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ただ、この同じ時間、ものすごく多くの人が同じ方角の空を必死に見ていた、、、、
ということが、なんかすごいと思う。

まあ、生きてる間にそんなものを見た、ということです。
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2012年03月19日

坂田庄次さんについて

2012takumi.jpgもうすぐ北鎌倉「匠の市」。
この立ち上げに尽力したのは、先日亡くなった坂田庄次さんだった。

坂田さんの話を記しておきたい。
長いけれど、北鎌倉の人はぜひ読んで欲しい。

うちの父と坂田さんが友達だったので、私は子供の頃からお世話になった。
鎌倉に戻ったら畑をやろうと決めていたのも、子供の頃、今のノース菜園を坂田さんと父が一緒に耕していた記憶があったからだ。
話をしに行くと、彼はたいそう喜んで、「でも香織ちゃんに畑なんてできるかな?」と言いながら、快く土地を提供してくれた。

私が北鎌倉を離れている間に、地元のシンボルのひとつである、栗田邸がマンションになった。

その景観をめぐって、坂田さんは粘り強い反対運動と改善策を申し入れてくれた、そのおかげで、私たちには季節のシンボルだったハクモクレンの大木は、切り倒されずに済んだ。
移植がまずかったため、枝振りも、花も、以前のようなものではないにせよ、だ。


もうひとつ、地元のシンボルは、今は無き好々亭の「赤トンネル」だ。
これは横須賀線の線路際にあるので誰でも目にしていると思う。
この赤トンネルのある山は、悪質業者によって開発され、マンション建設の計画が進んだが、これも坂田さんが意を決して反対活動に尽力し、長い長い交渉の末、ようやく市がこの土地を買い上げてくれるところまでもっていった。
ただ、それが実行される日付を待たずして、彼は逝ってしまった。


彼の訃報は、私が石巻に行く前日の夜中に飛び込んできた。
早寝しようと思っていたのに、ショックや連絡で、早寝とはならなかった。
石巻から戻り、葬儀の場で私が聞いたことは、耳を疑う内容だった。

もともと建築家だった坂田さんは、齢70超にして、今後の人生を石巻の復興に尽力する気でいたというのだ。
政府が出した堤防のプラン、漁師を高台に住まわせる策を無謀だとして、自ら別プランを作成し、提出していたという。
そしてそのプランは評価され、実現にあたり、坂田さんは自ら石巻に居を移す計画をしていた矢先だった。
「何年かかるかわからないが、向こうが落ち着いたら、北鎌倉に戻るよ」と侘助で漏らしていたという。
棺の中の坂田さんの胸に、その分厚い計画所が置かれていた。

彼は頑固で、気難しいところもあったけれど、ある頃から本気で北鎌倉の活性に人生をかけていた。
畑の件で酒を飲みに行ったとき、その本気さに私は驚いた。
そのやり方や、発想は、年相応だったのかもしれないが、誰がそれを非難できる?
やらないヤツよりやるヤツだ。

彼のことだから、石巻の件も本気だったんだと思う。
北鎌倉を離れたことのない人が、そこまでしようとしていたのだから、志半ばでさぞ無念だったことだろうと思う。
落ち着いた頃合いを見て、その計画について、詳しいことを聞きにいってみようと思う。


北鎌倉にはそんな人もいた、ということだ。
絶対に忘れたくはない。

庄ちゃん、本当にありがとうございました。
どうぞ安らかに。
そして上から北鎌倉を見守っていてください。
posted by 0467 at 14:21| Comment(1) | 鎌倉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

滅びて欲しい鎌倉の業者、の件。

そうだ!!年が明ける前に!!
忘れるとこだった!


今年の劇的なニュースのひとつに、
ゲジゲジ対策
てのがありました!

今年の夏は大騒ぎしなかったから、もはや忘れ去られた感さえある、このゲジゲジ問題
これは@kamakuramomさんによって紹介いただいた業者さんの施策が奏功したからで、
ほんっとに劇的なカイゼンが見られたわけです。
アレをやってから、もう、人生はガラっと変わった。
感謝のしようもありません。

しかし、そこに至るまでに、私を思いっきり炎上させた出来事があったことは記しておきたい!


お友だちにはおなじみですが、この家に越してきてからというもの、
私が日々悩まされたのは巨大ゲジの「頻出」でした。
あ、ムカデも出ましたけど、ムカデは自分で殺せるからいいの。
ゲジの場合、私は心臓がバクバクして足がすくみ、直視すらできません。
ちなみに巨大っていうのは、全長15センチ以上のことですわ。

とにかく、出る。
昨年では、最後のゲジを殺したのは12月。
今年に入って最初のゲジは3月。

私もう、家に帰るのがいやでいやでしょうがなかった。
特にジメッとした日とか雨の日は。
そんで、「今日は、いるな」と思うと、絶対にいる。
もうわかってるから、わざわざあーちゃんに一緒に来てもらって、始末してもらうという友情バンザイな。


そんで、「ゲジが出ていやだ」って話をすると、
「鎌倉生まれのに、慣れてないの?」と90%ぐらいの人に言われましたけど、マイ実家で見たことありません。
「ゲジは益虫だよ」も言われましたけど、どうでもいいです。
「それがいやなら鎌倉に住む資格が・・・」とか、ヨソから来てしたり顔で住んでる人間に言われるほど不愉快なことありません。

で、そういうヤツに限って、「出る」の頻度が、「せいぜい年2回」とかだったりするわけですから、
どのツラ下げて言ってんだボケ!そんな言うなら、この家住んでみろ!!!
てなもんです。
年2回でギャアギャア言うわけがありません。
こちとらアベレージ週5匹ですから。繰り返します。週5匹 or more です。

深刻です。
実際は、ゲジは気持ち悪いだけで大して悪いことしないので、
それより凶悪なムカデの方がヤバいです。
いずれにせよ、そういうものが、しきりに出るわけです。

いい加減ムリだから、引っ越そうかと思いました。

だけど、その前に、不動産屋ならいい駆除業者を知ってるかと思って電話してみました。
書いておきたかったのは、これ以降の話でございます。

私は、切実な「出具合」による被害を訴えました。
すると、その不動産屋は言いました。
「あなたは鎌倉生まれなのに・・・」
「ゲジは益虫ですが・・・」
「それがムリなら鎌倉には・・・」

ふ ざ け ん な !

私が知りたいのは、不動産屋が駆除業者を知ってるのか知らないのか、それだけです。
鎌倉に住む「資格」についてご教授いただくために電話してません。

ま、不動産屋にとっちゃ、私がとっとと引っ越したほうが、いいわけです。
また儲けられますから。
出て行きたいなら、お行きなさい、ぐらいの話です。
大家さんの身にもなっていないわけです。

で、不動産屋は言いました。
「業者を調べられるっちゃ調べられますけど、、、費用がかかることですから、、、。
あなたの場合は、隣に大家さんのおうちがあるわけですから、直接話したらどうですか?
まあ、業者は、いずれにせよ、調べて日程こちらからお電話しますけど」


そしてこの頃、@kamakuramomさんから、劇的に効く、駆除業者の情報をいただいておりました。
私はもう、この業者さんにお願いしようと決めていましたけど、不動産屋に話した以上、
連絡を待ったほうがいいなと仁義の問題でペンドしていました。


数日後、こころ優しい大地主の大家さんがピンポーン♪ とやって来ました。
見ると、ゲジムカデ系専用スプレー、家のまわりに撒く粉、手袋、ほうき、ちりとりなど
普通の人ができる対策グッズ一式を持っています。
「ごめんなさいね、やな思いさせちゃって・・・」と大家さんは言います。
びーっくりしました。
こころ優しい大家さんのせいではないのです。
そして実は、、、、、それらのグッズはすべて一式、すでに最新鋭のものを完備しております。
もう、そういう次元ではないのです。

大家さんは、出る「頻度」の話を聞いて、ひっくり返っていました。
ちなみに、うちの裏の家(同じ大家さん)でも状況は同じです。
しかも裏の家は赤ちゃんいます。
「それは、さすがにヤバい・・・。業者入れましょう!
不動産屋から連絡来るんですね?そしたら日程の調整しましょう!」

この大家さんはむちゃくちゃイイ人な上に、決断早いのです。


・・・・ところが。
それから1週間経ち、10日経ち、あの不動産屋、いっこうに電話来ません。
その間、私の江ノ島まで聞こえる「ギャーーーーーーーーーーーーー!!!」が
何回繰り返されたとお思いですか?

いい加減、アタマに来て、私から電話しました。
ボケッとした調子で、オッサン出ました。
「・・・・あ〜〜〜、虫の件ね。苦笑。で?なんですか?」て、言いました。
さすっがに、キレました。

「なんですか?って・・・・。業者調べて連絡いただくことになってましたよね?」
「あ〜〜〜それね〜・・・。あれ?AZさん(大家)行きませんでしたか?」
「お見えになりましたけど、、、、、、え?それって、つまり、アレで終わりって話ですか?」
「いやあ、AZさんに連絡したら、ご自身で行くと言ってたんで。ええ」
「あの、私が確認したいのは、そちらで連絡下さることになってませんでしたか?ってことなんですけど。
おっしゃいましたよね?業者の日程調べて連絡するっておっしゃいましたよね?
私、ずーっと待ってたんですけど」
「あ、ま、たしかに、はい、そうですね、それは言いましたけど、、」
「けど、なんです?」
「いや、実際、駆除業者と言ってもですね、完全には駆除できるものでもないですしね、費用もね、、、」
「いえ、もう結構です。人からの紹介で完全な対策できるとこの情報得ましたから。
大家さんもOK出てます。私はスケジュールの件で、御社からの連絡を待っていたわけです」
「はあ、、、、それは、、、失礼しました(別に、、感丸出し)」


私は別に、解決するなら費用こっちでもってもいいと思っていたわけですけど、
このオッサン、仕事する気ねえな、て感じです。
典型的な鎌倉の商売って感じです。

10数年、この町を留守にしてましたが、このあいっかわらズさにはシビレます。
この不動産屋以外にも、これもんの商人多いはずです。

ていうか、とっとと滅びたらいい、こんな業者。


で、大家さんに直接その駆除業者の件を話したら、翌週には呼んでくれて、
それ以降、まったく出ておりません。
我が家は平和になりました。








posted by 0467 at 03:04| Comment(1) | 鎌倉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月29日

のし餅

うちの近所には「力餅家」というのがあって、
たぶん、おそらく、鎌倉唯一の「老舗」と名乗っていい店だと思う。
創業元禄元年とかそんな感じでしょう。

去年11月に坂ノ下に越してきて、お正月で唯一「しまった!」と思ったのが餅の件だった。
店には「お祝い餅受付」の張り紙があったのに、ボケッとしていて忘れたのだった。

子供の頃の我が家では、正月のお餅と言ったら「のし餅」と決まっていた。

そしてお正月のものはお飾りからお節のあれこれまで、ほとんどおじいちゃんが手配して、
のし餅も日本橋かどっかで調達して、それを夜、切るのだった。
それはけっこう、真剣な儀式であった。

私はたいていその様をじっと見ていた。

形はとにかく美しくないといけない。
はじっこはビシッと裁ち落とすこと。
それは細かく刻んで仏さまや荒神様なんかのお供え用になる。

去年、鎌倉に戻ってきて、初めてのお正月を、
「それ」をやらないでいたことを、私は相当後悔した。

だから今年はビシッとやってやった!
一人で、黙々と、やってやった。
上のほうからおじいちゃんのにこにこした視線を感じながら。
というか、今年の私のことは、おじいちゃんもとても喜んでいるだろう。
と、思う。
とにかく、おじいちゃん側からの因縁をとても強く感じることが多かった。
ここに住むことになったのも、そのひとつ。


今年はジャパンとしても、いろいろあった年だった。
ともあれ年が暮れようとしていて、新たなお正月を迎えられるということは幸せなことだと思う。
日本人だもん。日本にいたら日本人らしくお正月を祝わないでどうすんの?


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のし餅。2キロ。

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まず、ビシッとはじっこを裁つ。

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できた!

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力餅家の手提げ袋。
よく見ると、丸に三ツ柏の、おじいちゃんと同じ家紋。


ま、とにかく、美しく切れたよ!
ちょっとした感慨アリ。




posted by 0467 at 19:28| Comment(0) | ジャパン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月01日

白い味噌で雑煮をつくる


秋に姫路に行った折、おかきで有名な播磨屋の本店というとこに行きました。

こんな感じの素敵なところ。

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ここではおかきではなく、甘味やちょっとしたものが楽しめます。

そこで私はひらめいて、関西風のお雑煮を食べてみようと思ったのです。


それはこんな感じで出てきました。

ものごとなんでもプレゼンテーションだって思わされます。

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で、「甘いんやろ?・・・なあ、甘いんやろ?」とビビりながら口にした味噌はぜんぜん甘くなかった。
つまり白いけど、西京味噌ではなかったわけね。
それどころか、チョーーーー濃厚な出汁がぶわーーーーーーっと効いてて、
具は見た通りのシンプル。
これが、むっちゃイケとんねん!

と、いうわけで、帰ったらやってみよ!と思ったわけ。
両親に話したら、おさない家の来年の雑煮でやってみよっか、と。
ちなみに我が家では元旦は鶏ガラスープの雑煮、2日、3日は鰹出汁に切り替えます。
だから、来年の3日めは、コレを再現したろというわけ。

で、やってみた。

とにかく、出汁が決め手。
もう、出汁でしかない。出汁を食べるようなもんや!

1)これまでの私の通常量では考えられないほどのかつお節を投入して出汁をひく。
2)かつお節を取り除き、さらに、混合削り節を投入して、黄色くなるまでひき続ける。
3)フンドーキン無添加合わせ味噌投入
4)具は別な鍋で昆布で煮ておく。京人参、大根、蕪。青いもんは小松菜でよい
5)切り柚子を乗せて、原了郭の黒七味で、いただきまーす

これはうまい!!!!
思った通りにできました。


ちなみに、西京味噌でどうなるのか、ためしてみたくてやったけど、
これはあかんかった・・・・
投入過程であかん!と思ってフンドーキンを足したが、焼け石に水。
ちなみに食のプロの人たちに「今日、関西風のお雑煮練習すんの♪」て言ったら
みーんな「うまくねえよw!」って言ってた。
「醤油がいちばんだよ!」だってさw




posted by 0467 at 23:59| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする